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石柱で固定された火の見櫓@長野市小柴見 [火の見櫓]
久しぶりに北信方面にお出かけ。
で、当然ながら行く先々で火の見櫓を見かけるわけですが、
今回はこんな珍しいのを目にしました。

長野市小柴見(だと思う)地区に立つ火の見櫓。
隣接の消防団詰所(器具置場)と共に老朽化が進んでいる、
ということを除けば、ごくありふれた立ち姿。
(いや、老朽化が進んでいるのもある意味ありふれた姿かも。。。)
北信のタワー型では比較的4本脚のほうが多い印象ですが、
これは3本脚タイプ。
で、なにが珍しいかというと、足元の様子なのですが。。。

3本ある鉄骨の足元に寄り添うように立てられた石柱。
櫓の足がこの石柱にアンカーで固定されていまして。


鉄骨のほうの足元をみると、普通なら存在しない
地面レベルでの横軸の梁が3点を結んでいるのですが、
ぱっと見た感じだけだとタワーを地べたにドンと据えただけで
地面との固定は添わせた石柱に任せているようにも見えたり。
(櫓の足元は土のままで、花がきれいに植えられていました。)

現況から察するに、すぐ傍らを水路が流れ、
東側には裾花川もあったりと地盤的に鉄骨埋設で始末をつけるには
問題がいろいろあったのではないかなと勝手に推測。

石なら水気の多い場所でも大丈夫でしょ?
となったかどうかは知りませんが、なんとなくそんな印象、かな?

石柱には「昭和十六年建設之」と記されています。
現存の火の見櫓としてはけっこう古い時代のものですね。
というか、戦時中の金属供出で解体されずに残ったのが不思議。
上記の碑文もなんだか続きの文字がありそうで、それも気になる。。。
どなたかこの火の見櫓の詳しいネタをお持ちでしたらぜひコメントを。
より大きな地図で 長野市小柴見の火の見櫓 を表示
で、当然ながら行く先々で火の見櫓を見かけるわけですが、
今回はこんな珍しいのを目にしました。
長野市小柴見(だと思う)地区に立つ火の見櫓。
隣接の消防団詰所(器具置場)と共に老朽化が進んでいる、
ということを除けば、ごくありふれた立ち姿。
(いや、老朽化が進んでいるのもある意味ありふれた姿かも。。。)
北信のタワー型では比較的4本脚のほうが多い印象ですが、
これは3本脚タイプ。
で、なにが珍しいかというと、足元の様子なのですが。。。
3本ある鉄骨の足元に寄り添うように立てられた石柱。
櫓の足がこの石柱にアンカーで固定されていまして。
鉄骨のほうの足元をみると、普通なら存在しない
地面レベルでの横軸の梁が3点を結んでいるのですが、
ぱっと見た感じだけだとタワーを地べたにドンと据えただけで
地面との固定は添わせた石柱に任せているようにも見えたり。
(櫓の足元は土のままで、花がきれいに植えられていました。)
現況から察するに、すぐ傍らを水路が流れ、
東側には裾花川もあったりと地盤的に鉄骨埋設で始末をつけるには
問題がいろいろあったのではないかなと勝手に推測。
石なら水気の多い場所でも大丈夫でしょ?
となったかどうかは知りませんが、なんとなくそんな印象、かな?
石柱には「昭和十六年建設之」と記されています。
現存の火の見櫓としてはけっこう古い時代のものですね。
というか、戦時中の金属供出で解体されずに残ったのが不思議。
上記の碑文もなんだか続きの文字がありそうで、それも気になる。。。
どなたかこの火の見櫓の詳しいネタをお持ちでしたらぜひコメントを。
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新屋公民館、国登録有形文化財に。 [雑感]
かねてより文化財の登録を目指していた
安曇野市穂高有明にある新屋公民館の建物が、
このほど国の登録有形文化財になることが正式に決まりました。

1951年(昭和26年)に建築された建物は、
戦後間もなくで資材も不足していた時代、
少ない部材でしっかりした建物となるように設計がなされ、
トラスで構成された小屋組みのおかげで室内の大空間ができ、
控え柱を使って壁の性能もあげられるように工夫されています。
当時は安曇野界隈でも類型の公民館が幾つか建てられたようですが、
同タイプで現存し、かつ普通に地域住民に活用されているのは
この新屋公民館のみとなっています。
長い年月のなかで正面玄関の庇など幾つか改修が施されていますが、
基本的な構造は建築当時のままのようです。
昨年のふるさとウォッチングでも主会場となり、内部見学もさせて頂きましたが、
学校の講堂を思わせる雰囲気はノスタルジックな気分に浸ることができます。
一部に2階があり、そこには映写室も設けられていて
完成直後=戦後間もない時代は、占領政策の一環として
米国による「ナトコ映画」の上映会場にも使われたりもしたそうです。
(昨秋のふるさとウォッチングにて)
またこの建物は敷地内に据えられている道祖神などとともに
テレビドラマなどでもいくたびか活用された実績もあり、
これからも地元で現役公民館として活用され続けるなかで、
今後もそうした映像世界での活躍も期待できるのではないでしょうか。
築60年を過ぎた修繕費用もそれなりに必要となるでしょう。
そのなかで解体新築ではなく保存活用を決めた地元住民の皆さんには
敬意を表したいと思います。本当に地域住民の拠り所なのでしょうね。
安曇野市穂高有明にある新屋公民館の建物が、
このほど国の登録有形文化財になることが正式に決まりました。
1951年(昭和26年)に建築された建物は、
戦後間もなくで資材も不足していた時代、
少ない部材でしっかりした建物となるように設計がなされ、
トラスで構成された小屋組みのおかげで室内の大空間ができ、
控え柱を使って壁の性能もあげられるように工夫されています。
当時は安曇野界隈でも類型の公民館が幾つか建てられたようですが、
同タイプで現存し、かつ普通に地域住民に活用されているのは
この新屋公民館のみとなっています。
長い年月のなかで正面玄関の庇など幾つか改修が施されていますが、
基本的な構造は建築当時のままのようです。
昨年のふるさとウォッチングでも主会場となり、内部見学もさせて頂きましたが、
学校の講堂を思わせる雰囲気はノスタルジックな気分に浸ることができます。
一部に2階があり、そこには映写室も設けられていて
完成直後=戦後間もない時代は、占領政策の一環として
米国による「ナトコ映画」の上映会場にも使われたりもしたそうです。
またこの建物は敷地内に据えられている道祖神などとともに
テレビドラマなどでもいくたびか活用された実績もあり、
これからも地元で現役公民館として活用され続けるなかで、
今後もそうした映像世界での活躍も期待できるのではないでしょうか。
築60年を過ぎた修繕費用もそれなりに必要となるでしょう。
そのなかで解体新築ではなく保存活用を決めた地元住民の皆さんには
敬意を表したいと思います。本当に地域住民の拠り所なのでしょうね。
東京の火の見櫓、其の4(神田小川町編) [火の見櫓]
今回の東京火の見櫓ツアー(本当の上京目的は別ですが。)の最後の観察スポット。
前述の東京の火の見櫓は構造的に建築物一体のものや
モニュメントとして近年新築された復元櫓だったりでしたが、
私たちが普段見慣れている鉄骨造のタワー型火の見櫓も
都心でも探せば残っていたりするもので。

神田小川町にある、神田消防署駿河台出張所の火の見櫓。
施設の周辺ははるかに背の高いビルが密集していて、
おそらくかなり早い段階から火の見の用途はなくなっていたと思われます。
建物の屋上に固定されているとはいえ、基本は独立した櫓なので
解体しようと思えばいくらでもできたはずですが、こういうかたちで
都心のど真ん中に残っているのはある意味奇跡に近いかもしれません。

まあどのみちホースを干すタワーが必要になるわけだし、
老朽化しているわけでもないから使えるうちはホース干し用に
残しておいてもいいでしょう、、、と、いう感じなのかなという気がします。
私たちの周囲にある消防団詰所に隣接する大半の火の見櫓に課せられた
現代の存在意義と同じような環境のようですね。
で、肝心の火の見櫓ですが。
建物の裏側寄りに立つため、正面よりこちらのほうがしっかり観察できます。


デザインとしては屋根が無い点を除けば、標準的な4本脚タワーの形状。




今回、運よく隣接のビルの踊り場に入らせてもらうことができたので、
火の見櫓を上部から観察することが出来ました。
この角度かつこの至近距離で拝める場所はそうあるものではないです。
構造は踊り場が1段あって、見張り台は四角型。
残念ながら半鐘は確認できませんでした。
いつ頃から立つものなのか、手元に情報がないので分かりませんが、
出張所の建物自体は昭和3年(1928)建築だそうですから、
まだ周囲に高層建築がなく火の見櫓としての機能を果たしていた時代が
確かにあったのだろうとはじゅうぶん推測できるところです。
一見華奢に見える建物も、耐震診断結果では現代の基準に当てはめても
十分性能は出ているそうです。関東大震災の教訓から相当頑強に造られたのでしょう。
デザインはシンプルですが、車庫や通用口の庇部分に建築当時の
さりげないこだわりのデザインが垣間見られます。

広尾小学校や高輪の二本榎出張所のように歴史的価値を公の機関に
認められた建物ではないですが、大都会の真ん中に踏ん張って立つ姿を見ていると
思わず頑張れとエールを送りたくなるような気持ちになります。
今回の東京出張を兼ねた火の見櫓観察ツアーは雨降りで予定も大幅変更となり、
ちょっと残念な部分もありましたが、最後にこの小川町の消防署と櫓を見ることが出来て
ホッコリした気分で帰路に着くことができてよかったです。
前述の東京の火の見櫓は構造的に建築物一体のものや
モニュメントとして近年新築された復元櫓だったりでしたが、
私たちが普段見慣れている鉄骨造のタワー型火の見櫓も
都心でも探せば残っていたりするもので。
神田小川町にある、神田消防署駿河台出張所の火の見櫓。
施設の周辺ははるかに背の高いビルが密集していて、
おそらくかなり早い段階から火の見の用途はなくなっていたと思われます。
建物の屋上に固定されているとはいえ、基本は独立した櫓なので
解体しようと思えばいくらでもできたはずですが、こういうかたちで
都心のど真ん中に残っているのはある意味奇跡に近いかもしれません。
まあどのみちホースを干すタワーが必要になるわけだし、
老朽化しているわけでもないから使えるうちはホース干し用に
残しておいてもいいでしょう、、、と、いう感じなのかなという気がします。
私たちの周囲にある消防団詰所に隣接する大半の火の見櫓に課せられた
現代の存在意義と同じような環境のようですね。
で、肝心の火の見櫓ですが。
建物の裏側寄りに立つため、正面よりこちらのほうがしっかり観察できます。
デザインとしては屋根が無い点を除けば、標準的な4本脚タワーの形状。
今回、運よく隣接のビルの踊り場に入らせてもらうことができたので、
火の見櫓を上部から観察することが出来ました。
この角度かつこの至近距離で拝める場所はそうあるものではないです。
構造は踊り場が1段あって、見張り台は四角型。
残念ながら半鐘は確認できませんでした。
いつ頃から立つものなのか、手元に情報がないので分かりませんが、
出張所の建物自体は昭和3年(1928)建築だそうですから、
まだ周囲に高層建築がなく火の見櫓としての機能を果たしていた時代が
確かにあったのだろうとはじゅうぶん推測できるところです。
一見華奢に見える建物も、耐震診断結果では現代の基準に当てはめても
十分性能は出ているそうです。関東大震災の教訓から相当頑強に造られたのでしょう。
デザインはシンプルですが、車庫や通用口の庇部分に建築当時の
さりげないこだわりのデザインが垣間見られます。
広尾小学校や高輪の二本榎出張所のように歴史的価値を公の機関に
認められた建物ではないですが、大都会の真ん中に踏ん張って立つ姿を見ていると
思わず頑張れとエールを送りたくなるような気持ちになります。
今回の東京出張を兼ねた火の見櫓観察ツアーは雨降りで予定も大幅変更となり、
ちょっと残念な部分もありましたが、最後にこの小川町の消防署と櫓を見ることが出来て
ホッコリした気分で帰路に着くことができてよかったです。
東京の火の見櫓、其の3(江戸川区新川西水門編) [火の見櫓]
日本の火の見櫓の発祥は江戸の町というのが通説。
形状は様々、江戸時代は幕府の指図で今で言うデザイン規制もあったようですが、
囲い櫓(という表現が適切か知らないけれど)のタイプは、
なんとなく江戸の匂いを感じさせるものがあります。
東京の火の見櫓観察レポート。
3番目は江戸川区の新川西水門広場に立つ火の見櫓。
(後方の高架は首都高速。)
立派な木造の火の見櫓。
正統派の都市型(という表現も適切かどうか知らないけれど)の櫓ですが、
じつはつい2年ほど前に新築された、出来立てホヤホヤの櫓だそうです。

傍らを流れる新川はかつて水上の「塩の道」とも言われていた要路。
数年前、耐震と親水を兼ねた護岸整備計画が行われる際、
地元で新しい江戸川の名所を作り上げようという声が上がり、
新川千本桜計画と銘打って、桜並木のある水辺環境と広場の整備が実施されました。
平成22年、一帯のモニュメントとして、高さ15.5mのかなり大型な火の見櫓が完成。
まあ正確には火の見としての実績があるわけでもなく、
今後もそうした使われ方をする予定もないでしょうけれど
火の見櫓とは言わないのでは?・・・などという野暮なことは言いません。
地域の新しいシンボルタワーとして親しまれる存在に育って欲しいと思います。
今回自分が所用のため東京に出かけたのは土曜日。
そしてこの火の見櫓は土日の10時~15時に内部見学で開放されているらしく、
これは絶好のチャンスとばかり意気込んでいたのですが、
荒れた天気と直前のちょっとしたトラブルのため、見学可能時間内の訪問が叶わず、
やむなく夕暮れ時になってから外観のみの観察となった次第。

(桜並木、満開の時はいい景色でしょうね。)
(後方の橋桁が妙に気になる・・・)
実際に間近で見ると15mもあるような感じがしないのですが、
全体のボリュームが大きいのでそう感じるだけなのでしょう。
それにしても事前に内部の様子を写した画像などを事前にネットなどで見ていたので
生で内部見学できなかったのは、かえすがえすも残念。
まあ・・・仕方ないです。
今回は広尾小学校、高輪消防署二本榎出張所に引き続き、
また再訪したい火の見櫓の観察ツアーだったと思うようにします、はい。
江戸川区HP内(新川千本桜)
形状は様々、江戸時代は幕府の指図で今で言うデザイン規制もあったようですが、
囲い櫓(という表現が適切か知らないけれど)のタイプは、
なんとなく江戸の匂いを感じさせるものがあります。
東京の火の見櫓観察レポート。
3番目は江戸川区の新川西水門広場に立つ火の見櫓。
立派な木造の火の見櫓。
正統派の都市型(という表現も適切かどうか知らないけれど)の櫓ですが、
じつはつい2年ほど前に新築された、出来立てホヤホヤの櫓だそうです。
傍らを流れる新川はかつて水上の「塩の道」とも言われていた要路。
数年前、耐震と親水を兼ねた護岸整備計画が行われる際、
地元で新しい江戸川の名所を作り上げようという声が上がり、
新川千本桜計画と銘打って、桜並木のある水辺環境と広場の整備が実施されました。
平成22年、一帯のモニュメントとして、高さ15.5mのかなり大型な火の見櫓が完成。
まあ正確には火の見としての実績があるわけでもなく、
今後もそうした使われ方をする予定もないでしょうけれど
火の見櫓とは言わないのでは?・・・などという野暮なことは言いません。
地域の新しいシンボルタワーとして親しまれる存在に育って欲しいと思います。
今回自分が所用のため東京に出かけたのは土曜日。
そしてこの火の見櫓は土日の10時~15時に内部見学で開放されているらしく、
これは絶好のチャンスとばかり意気込んでいたのですが、
荒れた天気と直前のちょっとしたトラブルのため、見学可能時間内の訪問が叶わず、
やむなく夕暮れ時になってから外観のみの観察となった次第。
実際に間近で見ると15mもあるような感じがしないのですが、
全体のボリュームが大きいのでそう感じるだけなのでしょう。
それにしても事前に内部の様子を写した画像などを事前にネットなどで見ていたので
生で内部見学できなかったのは、かえすがえすも残念。
まあ・・・仕方ないです。
今回は広尾小学校、高輪消防署二本榎出張所に引き続き、
また再訪したい火の見櫓の観察ツアーだったと思うようにします、はい。
江戸川区HP内(新川千本桜)
東京の火の見櫓、其の2(高輪消防署二本榎出張所編) [火の見櫓]
小学校の望楼の次は、消防署の望楼。
消防署といえば火の見櫓がつきもの、、、だったのは昭和時代までのお話。
通信技術と防災全般の時代的変化に呼応するかのように
町や村から火の見櫓が撤去されていくなか、
消防署付属の望楼とて例外ではいられず。
新しく建てられる消防署に火の見のための望楼が作られることはまずなくて、
古い建物からは順次撤去されているような有り様で。
で、そんな時代の流れにあって今なお望楼が残されているのがここ。

東京消防庁高輪消防署二本榎出張所の火の見櫓。
いまは出張所に降格(?)しちゃってますが、
もとはここが高輪の本署だったようですね。
(なにせ文字が右からですし。)
建物は昭和8年に建てられた、ドイツ表現派の建築設計。
(ドイツ表現派または表現主義についての説明は面倒なので割愛。。。)
平成22年に「東京都選定歴史的建造物」に選定されました。
(塔頂部のタワーは後付け。)
RC造3階建てで、3階の円形講堂の上に望楼が在ります。
ここは希望すれば内部見学が可能らしく、せっかくなので入ってみることに。
ベテラン署員の方が丁寧に応対して頂き、ざっと見学。
円形講堂内部はちょっとした消防博物館のような感じになっていて、
消防関係の古い装備具などが展示されていました。
消防署付近を撮った古写真や明治初年頃の古地図などもあって
ブラタモリ気分を味わった感覚。
(アーチ状の梁と窓の構成が美しい。)
(ガス燈。もちろん今は使ってません。)


(古い半鐘。立派です。)




(消防署といったらやっぱりこれっ、すべり棒! でも今はもう使ってないそうです。)
建物のある場所は海抜25mある台地の上で、
周囲に高層建築が出来るまでは海まで見渡すことができたらしく、
海上から望むと望楼は灯台のように見えたも伝えられ、
戦艦三笠を模したとも言われたその姿は「海原を行く軍艦」とも評されたそうです。
また写真は撮ってきませんでしたが、道路を挟んだ南隣には
警視庁高輪警察署があって、消防署員の話によれば昔の警察署の建物にも望楼があり、
当時は両者がツインタワーのような感じに見えて評判だったとのこと。
残念ながら肝心の望楼は一般公開されておらず、
急勾配の階段下からちょこっと見上げてみるだけ。
(この上が望楼)
署員の人も点検の時など以外は上がることはないそうです。
火の見ヤグラーでなく純粋に建築家の来訪も多いそうで、
自分もその筋のはしくれとして興味深く見学しましたが、
いかんせんその後のスケジュールのこともあってゆっくり過ごす事ができず、
ここも広尾小学校と一緒で再訪のチャンスを伺う事になりそうな。。。

ちなみに火災予防週間などでは望楼のライトアップを行っているらしく。
これはライトアップのタイミングを狙って再訪、かな?
昭和50年代の建替え計画が持ち上がった際、保存活用を決めた経緯には
地域住民の保存に対する熱意の影響も少なくなかったといいます。
周辺には高層ビルも林立していますが、その存在感は抜群。
望楼をそなえた近代化遺産の建物はまさに地域のシンボルタワーですね。

東京消防庁高輪消防署HP
消防署といえば火の見櫓がつきもの、、、だったのは昭和時代までのお話。
通信技術と防災全般の時代的変化に呼応するかのように
町や村から火の見櫓が撤去されていくなか、
消防署付属の望楼とて例外ではいられず。
新しく建てられる消防署に火の見のための望楼が作られることはまずなくて、
古い建物からは順次撤去されているような有り様で。
で、そんな時代の流れにあって今なお望楼が残されているのがここ。
東京消防庁高輪消防署二本榎出張所の火の見櫓。
いまは出張所に降格(?)しちゃってますが、
もとはここが高輪の本署だったようですね。
建物は昭和8年に建てられた、ドイツ表現派の建築設計。
(ドイツ表現派または表現主義についての説明は面倒なので割愛。。。)
平成22年に「東京都選定歴史的建造物」に選定されました。
RC造3階建てで、3階の円形講堂の上に望楼が在ります。
ここは希望すれば内部見学が可能らしく、せっかくなので入ってみることに。
ベテラン署員の方が丁寧に応対して頂き、ざっと見学。
円形講堂内部はちょっとした消防博物館のような感じになっていて、
消防関係の古い装備具などが展示されていました。
消防署付近を撮った古写真や明治初年頃の古地図などもあって
ブラタモリ気分を味わった感覚。
(消防署といったらやっぱりこれっ、すべり棒! でも今はもう使ってないそうです。)
建物のある場所は海抜25mある台地の上で、
周囲に高層建築が出来るまでは海まで見渡すことができたらしく、
海上から望むと望楼は灯台のように見えたも伝えられ、
戦艦三笠を模したとも言われたその姿は「海原を行く軍艦」とも評されたそうです。
また写真は撮ってきませんでしたが、道路を挟んだ南隣には
警視庁高輪警察署があって、消防署員の話によれば昔の警察署の建物にも望楼があり、
当時は両者がツインタワーのような感じに見えて評判だったとのこと。
残念ながら肝心の望楼は一般公開されておらず、
急勾配の階段下からちょこっと見上げてみるだけ。
署員の人も点検の時など以外は上がることはないそうです。
火の見ヤグラーでなく純粋に建築家の来訪も多いそうで、
自分もその筋のはしくれとして興味深く見学しましたが、
いかんせんその後のスケジュールのこともあってゆっくり過ごす事ができず、
ここも広尾小学校と一緒で再訪のチャンスを伺う事になりそうな。。。
ちなみに火災予防週間などでは望楼のライトアップを行っているらしく。
これはライトアップのタイミングを狙って再訪、かな?
昭和50年代の建替え計画が持ち上がった際、保存活用を決めた経緯には
地域住民の保存に対する熱意の影響も少なくなかったといいます。
周辺には高層ビルも林立していますが、その存在感は抜群。
望楼をそなえた近代化遺産の建物はまさに地域のシンボルタワーですね。
東京消防庁高輪消防署HP
東京の火の見櫓、其の1(広尾小学校編) [火の見櫓]
東京まで出張だった週末。
せっかくなので都内にある火の見櫓を観察しようと事前に情報を集めて
幾つか見て廻ることにしました。
合計で10箇所ほど調べていざ!・・・と意気込んでいたのに、
当日は時折強い風の吹き付ける冷たい雨。。。
傘をさしながらカメラを構えても、レンズに水滴がついてしまう具合で
なかなか思うような写真が撮れず。
それでも日頃、安曇野はじめ信州で目にするのとはまた違った光景に
触れることが出来、幾つかの貴重な火の見櫓を観察できました。
まず、小学校の屋上に立つ火の見櫓。

JR恵比寿駅に近い、渋谷区立広尾小学校。
昭和7年に完成した建物で、当時は消防署が同居したことから
火の見櫓の役目を持つ望楼が設置されたとのこと。

全体として近代化遺産としての要素を持っている建物で、
平成2年、東京都の歴史建造物に指定されて保存活用の動きが高まり、
平成12年、国の登録有形文化財になりました。


残念ながら小学校の屋上という特殊な場所なので間近に寄って見学できず、
付近の建物も外部の者が立ち入れる場所がなかったため
道路から見上げる姿しか観察できなくて。


(最後の一枚は近所の横断歩道の上から。でも遠くて厳しい・・・)
最近は学校も警備が厳しいようだけれど、平日の昼間に出かけたら
屋上へは上がらせてはもらえないだろうかなぁ。
(もし可能なら再訪問したい願望アリ。)
小学校と消防署の同居というのは当時は珍しくはなかったのかどうだか。
いづれにしても、その遺構がいまなお現役の状態でしっかりと残されているというのは
素晴らしいことだと思います。
歴史的な校舎というと木造ばかりが注目を浴びがちですが、
こうしたRC造のものでも趣きのあるものがけっこう残されているのですよね。
校舎と火の見櫓については広尾小学校のホームページに詳しい解説があるので、
そちらをご参照ください。
渋谷区立広尾小学校HP
(学校案内のページにある、“文化財としての広尾小学校”の欄。)
せっかくなので都内にある火の見櫓を観察しようと事前に情報を集めて
幾つか見て廻ることにしました。
合計で10箇所ほど調べていざ!・・・と意気込んでいたのに、
当日は時折強い風の吹き付ける冷たい雨。。。
傘をさしながらカメラを構えても、レンズに水滴がついてしまう具合で
なかなか思うような写真が撮れず。
それでも日頃、安曇野はじめ信州で目にするのとはまた違った光景に
触れることが出来、幾つかの貴重な火の見櫓を観察できました。
まず、小学校の屋上に立つ火の見櫓。
JR恵比寿駅に近い、渋谷区立広尾小学校。
昭和7年に完成した建物で、当時は消防署が同居したことから
火の見櫓の役目を持つ望楼が設置されたとのこと。
全体として近代化遺産としての要素を持っている建物で、
平成2年、東京都の歴史建造物に指定されて保存活用の動きが高まり、
平成12年、国の登録有形文化財になりました。
残念ながら小学校の屋上という特殊な場所なので間近に寄って見学できず、
付近の建物も外部の者が立ち入れる場所がなかったため
道路から見上げる姿しか観察できなくて。
(最後の一枚は近所の横断歩道の上から。でも遠くて厳しい・・・)
最近は学校も警備が厳しいようだけれど、平日の昼間に出かけたら
屋上へは上がらせてはもらえないだろうかなぁ。
(もし可能なら再訪問したい願望アリ。)
小学校と消防署の同居というのは当時は珍しくはなかったのかどうだか。
いづれにしても、その遺構がいまなお現役の状態でしっかりと残されているというのは
素晴らしいことだと思います。
歴史的な校舎というと木造ばかりが注目を浴びがちですが、
こうしたRC造のものでも趣きのあるものがけっこう残されているのですよね。
校舎と火の見櫓については広尾小学校のホームページに詳しい解説があるので、
そちらをご参照ください。
渋谷区立広尾小学校HP
(学校案内のページにある、“文化財としての広尾小学校”の欄。)
寒くてもホットな第14回ふるさとウォッチング [ふるさとづくり応援団]
気づけば3月も今週末で終わり。
そしてこのブログも月始めにエントリーして以来、今月はまだこれで2度目。
いやはや、1月行く2月逃げる3月去るとはよく言ったものです。(←本文と関係なし)
昨日、ふるさとウォッチングin安曇野の最新回が催されました。
安曇野各地を選定して年に数回実施しているガイド付きウォーキング。
14回目となる今回は安曇野市三郷エリアの一日市場地区。
一日市場と書いて「ひといちば」と読みます。
文字通り、昔は市(いち)が開かれていた土地で、
農村地域ながらも宿場のように街道沿いに民家が建ち並んでいます。
とはいえ、基本は農村なので安曇野の伝統的田園風景の象徴でもある
屋敷林が本棟造をはじめとする古民家を取り囲んでいて、
まるで森のなかに集落があるような錯覚を覚えたりします。
今回の参加者100名近く。3月開催のなかではかなり多かったです。
小雪も舞うなか、風が冷たくて大変でしたが、
最後はお決まりのぬかくどおにぎりとお味噌汁の振る舞いで
ホッカホカの気分で終了。
次回は夏のウォッチング。
今度は暑くてもクールな、というタイトルになりますかね。






そしてこのブログも月始めにエントリーして以来、今月はまだこれで2度目。
いやはや、1月行く2月逃げる3月去るとはよく言ったものです。(←本文と関係なし)
昨日、ふるさとウォッチングin安曇野の最新回が催されました。
安曇野各地を選定して年に数回実施しているガイド付きウォーキング。
14回目となる今回は安曇野市三郷エリアの一日市場地区。
一日市場と書いて「ひといちば」と読みます。
文字通り、昔は市(いち)が開かれていた土地で、
農村地域ながらも宿場のように街道沿いに民家が建ち並んでいます。
とはいえ、基本は農村なので安曇野の伝統的田園風景の象徴でもある
屋敷林が本棟造をはじめとする古民家を取り囲んでいて、
まるで森のなかに集落があるような錯覚を覚えたりします。
今回の参加者100名近く。3月開催のなかではかなり多かったです。
小雪も舞うなか、風が冷たくて大変でしたが、
最後はお決まりのぬかくどおにぎりとお味噌汁の振る舞いで
ホッカホカの気分で終了。
次回は夏のウォッチング。
今度は暑くてもクールな、というタイトルになりますかね。
店名は、鳥居のそばにあるから“蕎麦とりい” [安曇野のお店]
またひとつ、安曇野に新しいお蕎麦屋さんが誕生しました。
“蕎麦 とりい”。
穂高神社の北神苑駐車場の出入口は石造の大鳥居が立っていますが、
その鳥居をくぐってすぐ右手、神社の資料館“御船会館”の一角にあります。

昨年まではパン屋さんが入っていましたが、伊那のほうへ移転し、
代わって今年の2月から新装開店したのがこのお店。
内部はパン屋さん時代から和の内装だったので、蕎麦屋の雰囲気にぴったり。

席はテーブル席が4つとカウンターのみの小規模ですが、
本来お蕎麦は一度に大量調理できるものではないのですから、
このくらいがちょうどよいのではと思います。

テーブルも手づくり品で、スチールの古い脚を探し出して、
それを厚板とうまく組み合わせて作っています。
感じが店の雰囲気に合っています。
で、肝心のお蕎麦はかなり細身なタイプ。
明るく笑顔の素敵な若い女将さんの話では九割蕎麦だそう。

蕎麦猪口などの器は、長野県安曇養護学校の生徒さんたちが
実習で制作した作品たちだそうですが、いやなかなかいい感じですよ。

そんなこんなで新しくスタートした“蕎麦とりい”。
地域の人に愛されるお店として、また観光客に親しまれるお店として
頑張って欲しいなと思います。

より大きな地図で 蕎麦とりい を表示
“蕎麦 とりい”。
穂高神社の北神苑駐車場の出入口は石造の大鳥居が立っていますが、
その鳥居をくぐってすぐ右手、神社の資料館“御船会館”の一角にあります。
昨年まではパン屋さんが入っていましたが、伊那のほうへ移転し、
代わって今年の2月から新装開店したのがこのお店。
内部はパン屋さん時代から和の内装だったので、蕎麦屋の雰囲気にぴったり。
席はテーブル席が4つとカウンターのみの小規模ですが、
本来お蕎麦は一度に大量調理できるものではないのですから、
このくらいがちょうどよいのではと思います。
テーブルも手づくり品で、スチールの古い脚を探し出して、
それを厚板とうまく組み合わせて作っています。
感じが店の雰囲気に合っています。
で、肝心のお蕎麦はかなり細身なタイプ。
明るく笑顔の素敵な若い女将さんの話では九割蕎麦だそう。
蕎麦猪口などの器は、長野県安曇養護学校の生徒さんたちが
実習で制作した作品たちだそうですが、いやなかなかいい感じですよ。
そんなこんなで新しくスタートした“蕎麦とりい”。
地域の人に愛されるお店として、また観光客に親しまれるお店として
頑張って欲しいなと思います。
より大きな地図で 蕎麦とりい を表示
諏訪地方の火の見櫓はインパクトが強いのが多い [火の見櫓]
スタンダードなタワー型の火の見櫓は、
脚柱を見ると3本脚が4本脚の二通りに大別できます。
安曇野エリアは比較的3本脚のパターンをよく見かけるのですが、
諏訪エリアはそのほとんどが4本脚のバージョン。
下諏訪あたりから岡谷方面にかけては3本脚もちらほら見えてくるのだけれど、
なんとなく3本脚と4本脚の文化の境界線を感じるようで興味深いです。
で、今日のネタは脚の本数の話ではなくて、
諏訪地方の南部へ出かけた時に見かけた、インパクトの強い火の見櫓たちの話。

「東京タワーみたいで、すらっとしてカッコいいね」とか、
「見るのに電線がいっぱいで邪魔だね」とか、
そんなことがどうでもよくなるほど強烈な脚部末端の納まり。

とにかく、刺さってるんです。
ええそうです。櫓の脚が、小屋の屋根に。
話には聞いていたのですが、実際に直接目にしたのはこれが初めて。
さすがにインパクト強かったですね。
ところが、です。
これは他には類例がないよね、なんて呟きながら車を走らせると・・・
そう、他にもあるのですよ、その類例がなんと。

1枚目のはたしか屋根だけの貫通で済んでいたかと思うのですが、
こちらは屋根はおろか壁までもブスリと刺し抜けておりまして。

しかもこの写真では分かりづらいですが、4本の脚のうち
後方の1本は屋根に突き刺したあと、足もとが外部に飛び出していない。
つまり小屋のなかにすっぽり納まっているという。
いやはや、なんというか・・・。
この2基、相方(?)の小屋の様子を見てみると
貫通部に若干継ぎ接ぎが確認できるとはいえ、
基本的には貫通孔をこじ開けたような気配。
つまり小屋が先で櫓が後と考えるのが自然だとは思うのだけれど・・・。

3枚目のこれは・・・貫通、してません。
なんとかギリギリで櫓の足もとの内部に詰め所の建物が納まっています。

2階部分は櫓の階段を利用して出入りするようになっている様子だけれど、
これは突き刺さった部分がないだけに、かえって築造年の順序に悩んでしまう。
火の見櫓のほうは昭和30年の築造とのことですが・・・。
やはり建物が先に在って、それを跨ぐ格好で火の見櫓が建てられたのか。
あるいは櫓の足元の寸法に合わせて建物を設計したのか・・・。
私は前者だと考えていますが、うーん・・・。
以上3箇所とも原村の限られたスペースで見かけたものです。
たぶん集落単位で設けられているのだろうと思いますが、
それにしても立派な櫓同士があまりに近所で存在しているので
圧倒されるというより、最後はもう苦笑いしか・・・。
で、苦笑いの最終章は、帰りがけに茅野市内で見かけた、これ。

・・・原村だけではありませんでしたよ、はい。
きちんと、正しく、突き刺さっております。

こうなる背景は敷地の問題だろうと推測できますが、
調査日が現地住民も外を歩かないような真冬のことで
裏付けを取ることができませんでした。
でも、たぶんそういうことなんだろうなと、
最後の写真の櫓を見た後、少し走らせたところにあった消防団詰所の
道路向かいの広場に立てられていた火の見櫓の様子を見て
なんとなくですが確信を抱いた次第。

空き地があれば、普通はこうですよね。
今回の火の見櫓調査は別に目的の櫓があってそれを見学した流れで
なんとなく櫓の匂いがする方向へ車を走らせた結果見つけたものですが、
以前にU1さんの透明タペストリーにあった記事でこれらは紹介されていて
U1さんの火の見櫓講座でも諏訪地方の櫓として発表されていたような記憶もあったので
うまくすれば出会えるかなと期待はしていたのですが、
まさか一本の道路を数百メートル程度の走っただけですべて見つけられるとは、
諏訪地方おそるべし、です。
脚柱を見ると3本脚が4本脚の二通りに大別できます。
安曇野エリアは比較的3本脚のパターンをよく見かけるのですが、
諏訪エリアはそのほとんどが4本脚のバージョン。
下諏訪あたりから岡谷方面にかけては3本脚もちらほら見えてくるのだけれど、
なんとなく3本脚と4本脚の文化の境界線を感じるようで興味深いです。
で、今日のネタは脚の本数の話ではなくて、
諏訪地方の南部へ出かけた時に見かけた、インパクトの強い火の見櫓たちの話。
「東京タワーみたいで、すらっとしてカッコいいね」とか、
「見るのに電線がいっぱいで邪魔だね」とか、
そんなことがどうでもよくなるほど強烈な脚部末端の納まり。
とにかく、刺さってるんです。
ええそうです。櫓の脚が、小屋の屋根に。
話には聞いていたのですが、実際に直接目にしたのはこれが初めて。
さすがにインパクト強かったですね。
ところが、です。
これは他には類例がないよね、なんて呟きながら車を走らせると・・・
そう、他にもあるのですよ、その類例がなんと。
1枚目のはたしか屋根だけの貫通で済んでいたかと思うのですが、
こちらは屋根はおろか壁までもブスリと刺し抜けておりまして。
しかもこの写真では分かりづらいですが、4本の脚のうち
後方の1本は屋根に突き刺したあと、足もとが外部に飛び出していない。
つまり小屋のなかにすっぽり納まっているという。
いやはや、なんというか・・・。
この2基、相方(?)の小屋の様子を見てみると
貫通部に若干継ぎ接ぎが確認できるとはいえ、
基本的には貫通孔をこじ開けたような気配。
つまり小屋が先で櫓が後と考えるのが自然だとは思うのだけれど・・・。
3枚目のこれは・・・貫通、してません。
なんとかギリギリで櫓の足もとの内部に詰め所の建物が納まっています。
2階部分は櫓の階段を利用して出入りするようになっている様子だけれど、
これは突き刺さった部分がないだけに、かえって築造年の順序に悩んでしまう。
火の見櫓のほうは昭和30年の築造とのことですが・・・。
やはり建物が先に在って、それを跨ぐ格好で火の見櫓が建てられたのか。
あるいは櫓の足元の寸法に合わせて建物を設計したのか・・・。
私は前者だと考えていますが、うーん・・・。
以上3箇所とも原村の限られたスペースで見かけたものです。
たぶん集落単位で設けられているのだろうと思いますが、
それにしても立派な櫓同士があまりに近所で存在しているので
圧倒されるというより、最後はもう苦笑いしか・・・。
で、苦笑いの最終章は、帰りがけに茅野市内で見かけた、これ。
・・・原村だけではありませんでしたよ、はい。
きちんと、正しく、突き刺さっております。
こうなる背景は敷地の問題だろうと推測できますが、
調査日が現地住民も外を歩かないような真冬のことで
裏付けを取ることができませんでした。
でも、たぶんそういうことなんだろうなと、
最後の写真の櫓を見た後、少し走らせたところにあった消防団詰所の
道路向かいの広場に立てられていた火の見櫓の様子を見て
なんとなくですが確信を抱いた次第。
空き地があれば、普通はこうですよね。
今回の火の見櫓調査は別に目的の櫓があってそれを見学した流れで
なんとなく櫓の匂いがする方向へ車を走らせた結果見つけたものですが、
以前にU1さんの透明タペストリーにあった記事でこれらは紹介されていて
U1さんの火の見櫓講座でも諏訪地方の櫓として発表されていたような記憶もあったので
うまくすれば出会えるかなと期待はしていたのですが、
まさか一本の道路を数百メートル程度の走っただけですべて見つけられるとは、
諏訪地方おそるべし、です。
隠れ家的でアットホームな雰囲気が売りの「手打ちそば『かたせ』」 [安曇野のお店]
“安曇野のお店”カテゴリーで安曇野市外の店紹介は初めて、かな?
池田町にある、十割の手打ち蕎麦が美味しいお店「かたせ」。
県道51号線の大型ショッピングセンターから東山へ登る道の途中、
控えめな看板を見逃さずに入っていった小道の先にひっそり佇んでいます。


とはいえ、けっこう知る人ぞ知る人気店ということのようで、
一昨日お邪魔したとき、私たちのあとから続々と来店客が。
四つほどのテーブル席と囲炉裏のある座敷席二箇所はほぼ満席。

あいにくご主人が不在で女将さんが大忙しでしたが、
それでも終始笑顔を絶やさず客の応対を落ち着いてこなしていたのはさすが。
帰りがけには手土産を渡してくれたり、ちょっとした気配りがとても嬉しい。
(いつも無愛想な某観光施設の人には見習って欲しい、、、とはあまり大きな声では言えませんが。)
お蕎麦は女将さんの出身地、奈川地区の蕎麦粉を使用しているようで、
信州産蕎麦粉を使用する店を証明する「信州そば切りの店」の看板を掲げています。

お蕎麦はつなぎを使ったものもありますが、ここはやはり十割そばで注文。
天ぷらなどのついたセットでも追加料金で十割に変更可能。

いや、蕎麦はもちろんですが、天ぷらもすごく美味しいですよ。
ネタは季節ごとにさまざまで、付近で採れた旬なものを出しているらしく、
この日は早くも姿を見せ始めたらしいフキノトウがついてきました。
あと、干し柿の天ぷらって初めて食べましたが、とても美味しかったです。

お漬物はセルフサービス的で自由にいただけます。

デザートにあっさり美味しいそば湯ゼリーが。

またこのお店はお座敷を使って絵画や写真の展示会をよくされている様子で、
今このタイミングでは「木造火の見櫓の写真展」を開催中。

じつはこの写真展のニュースを新聞記事で見たことが訪問のきっかけでしたが、
女将さんはじめ店の雰囲気も料理の味もよく、写真展も堪能できて満足できました。
空が曇り加減でアルプスの眺望は残念ながらお預けでしたので、
今度は天気の良い日を選んで再訪してみたいと思います。

安曇野エリアのお蕎麦屋さんはそれぞれ個性ある店が乱立しているので
おすすめ店は多数存在します。かたせも、そのひとつに加わりました。
より大きな地図で 手打ちそば「かたせ」 を表示
池田町にある、十割の手打ち蕎麦が美味しいお店「かたせ」。
県道51号線の大型ショッピングセンターから東山へ登る道の途中、
控えめな看板を見逃さずに入っていった小道の先にひっそり佇んでいます。
とはいえ、けっこう知る人ぞ知る人気店ということのようで、
一昨日お邪魔したとき、私たちのあとから続々と来店客が。
四つほどのテーブル席と囲炉裏のある座敷席二箇所はほぼ満席。
あいにくご主人が不在で女将さんが大忙しでしたが、
それでも終始笑顔を絶やさず客の応対を落ち着いてこなしていたのはさすが。
帰りがけには手土産を渡してくれたり、ちょっとした気配りがとても嬉しい。
(いつも無愛想な某観光施設の人には見習って欲しい、、、とはあまり大きな声では言えませんが。)
お蕎麦は女将さんの出身地、奈川地区の蕎麦粉を使用しているようで、
信州産蕎麦粉を使用する店を証明する「信州そば切りの店」の看板を掲げています。
お蕎麦はつなぎを使ったものもありますが、ここはやはり十割そばで注文。
天ぷらなどのついたセットでも追加料金で十割に変更可能。
いや、蕎麦はもちろんですが、天ぷらもすごく美味しいですよ。
ネタは季節ごとにさまざまで、付近で採れた旬なものを出しているらしく、
この日は早くも姿を見せ始めたらしいフキノトウがついてきました。
あと、干し柿の天ぷらって初めて食べましたが、とても美味しかったです。
お漬物はセルフサービス的で自由にいただけます。
デザートにあっさり美味しいそば湯ゼリーが。
またこのお店はお座敷を使って絵画や写真の展示会をよくされている様子で、
今このタイミングでは「木造火の見櫓の写真展」を開催中。
じつはこの写真展のニュースを新聞記事で見たことが訪問のきっかけでしたが、
女将さんはじめ店の雰囲気も料理の味もよく、写真展も堪能できて満足できました。
空が曇り加減でアルプスの眺望は残念ながらお預けでしたので、
今度は天気の良い日を選んで再訪してみたいと思います。
安曇野エリアのお蕎麦屋さんはそれぞれ個性ある店が乱立しているので
おすすめ店は多数存在します。かたせも、そのひとつに加わりました。
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