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保高宿の七夕まつり [マチヅクリ]

少し前の話になりますが、先週末8月8日土曜日のイベント、
旧保高宿界隈で実施された七夕まつりについて。
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安曇野市の中心地域のひとつ、穂高町のまちなかエリアは
旧糸魚川街道の宿場のひとつ、保高宿があったところで、
このブログでも旧街道関連のネタを多く取り上げてきました。

昭和後半頃までは、街道を中心にまちなかでは七夕飾りが出され、
真夏の癒しの風景のような感じで地域住民や訪れる人を和ませていたそうです。
地域内に暮らす人々が少なくなって高齢者層が多くなり、
いつしか七夕かざりも一斉行事として掲げられることはなくなってしまいました。

そんななか、地域で数少なくなった商店の一部が声を出し、
せっかくの夏の夜を楽しむイベントをしようじゃないか、ということになり、
七夕飾りを久しぶりに復活させることになったのでした。

保高宿の老舗和菓子店「丸山菓子舗」と
旧若松屋で営業する「バザール若松屋」を中心に
音楽イベントを催し、有志に露店での営業をしてもらい、
安曇野まちなかにぎわいプロジェクトのメンバーによる
街道沿いに残る古民家のライトアップとまほらランタンのセッティング、などなど。

来場者には出来れば浴衣や甚平など夏の和装で足を運んでもらうことをアナウンスして、
かつての街道がそうであったように、真夏の夜のまちなかで
そぞろ歩きを楽しみつつ夕涼みをしていただこうという流れになったわけですが。

成果は上々。
つい二週間ほど前に突発的に開催を決めて準備不足で始まったわりには
なかなか楽しくも懐かしい雰囲気に満ちたイベントとなりました。
道祖神や民家のライトアップも雰囲気がよく、
お知らせどおり浴衣姿で来場されたお客さんも何人も居て。

街道を抜ける車問題をどう扱うか、近隣住民や今回とくに参加の形を取らなかった商店に
来年以降どうやって参加してもらおうかなど、初開催としての課題も当然ありましたが、
次回もいっそう充実したかたちでやりましょう、という参加者全員の一致した掛け声で、
前向きな明るい気持ちで来年に向けて動き出せそうです。
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(写真提供:T.Miyazaki氏 special thanks.)

安曇野の貴重な土蔵が消失しました [マチヅクリ]

昨日6月11日付け信濃毎日新聞に掲載された記事。
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安曇野市穂高のまちなかに建つ土蔵が解体されたというニュース。

明治初期に建築されたという、かなり規模の大きな"都市型土蔵”。
場所は穂高のまちなか、近世には宿場町保高宿として栄えた街道沿い。
呉服屋を営んでいた上條家という商家の土蔵として建てられたとのことで、
昭和50年(1975)に現所有者である八十二銀行が敷地とともに取得して、
穂高支店の文書保管庫して現在まで活用され続けてきました。

記事にあるように、その土蔵が解体されてしまったのです。
住民の、おそらくほとんどの人が工事の始まるまでその事実を知ることもなく、
数日前、突然に工事が始まり。。。

あまり知られている話ではないのですが、
穂高のまちなかには土蔵が今なお数多く残り、
少し痛みの目立ち始めたものもあるなか、
それでもまだ現役で活躍し続けている蔵も少なくありません。
下は穂高のまちなかに現存する土蔵の一部。
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件の八十二銀行穂高支店の土蔵もまた、
その現役で活躍する一棟、、、だったはずでした。

たしかに下屋をはじめ主に屋根部分に老朽化の兆候が見られていて、
軒先が波打つような状況のなか、柱を追加して応急処置していました。
解体にいたる理由はまさにその老朽化であって、
銀行を利用する顧客に万が一のことがあってはいけないということで
取り壊してしまえとなってしまったようです。

ただ、、、それにしても残念でなりません。
明治初期建築とはいえ文化財指定を受けた建物というわけでもなく、
法的には所有者が解体することになんら問題はないわけですが、
同蔵は穂高のまちなかの中心地にあり、
宿場町の面影を残す町並みを代表する建造物のひとつでもありました。

まちなかだけでなく安曇野市内で比較しても規模は相当大きく、
非常に立派な立ち姿であったのですが、
もはやその雄姿を拝むことは叶わぬこととなってしまいました。

銀行には、上にも書いたようにもちろん所有者なりの解体理由があったわけです。
老朽化して危険な状態になっているものをほうっておけないというのも
当然ながら理解できる話ではありますが、ただそれにしても。。。

繰り返しますが、穂高のまちなかには未だ数多くの土蔵が残っています。
それらはみな同地の民家などが所有する蔵で、老朽化したものも多いです。
でも、近年これらの蔵が解体されたという話は耳にされず、
それどころか外壁を修復したり、屋根瓦を葺き直したりと
まだまだ活用しようとする所有者の住民がたくさん居られる状況なのです。
そんななか、地域社会を支える企業の(あえて言わせてもらいますが)
あまりにドライな解体決定は、本当に残念でなりません。

ビジネスライクに考えるということならそれもひとつの論理でしょうが、
同行には「八十二文化財団」という文化財の調査保全に寄与するための
立派な組織が存在しているわけで、この財団側で解体される前の蔵について、
解体すべきか保存すべきかの議論なり検証が行われることがなかったのか。
解体に至る内部事情の経緯までは知る由もありませんが、
文化財指定されずとも地域社会のなかで高い歴史的価値を持っていた
立派な土蔵があっさりと壊されてしまった事実は変わりません。

新聞記事にある建築士の大先輩は
「文化財でなくても古くて勝ちある建物については
壊す前に市民が状況を知り、議論できる仕組みが必要」と訴えています。
新しくものを作るとき、それが地域社会に溶け込めるものであるかどうかを
審議するために、現在は景観条例や景観計画が存在しています。
それはつまり建造物の所有者は個々にあっても
その外観については住民や地域社会の共有物であるという発想なわけですが、
既存の建物を消失させる行為についてもまさに同質の考え方を
当てはめなくてはいけないと思います。
たとえ最終的には所有者の意思決定が尊重されなくてはいけないとはいえ、
せめて住民みんなでその価値を共有する取り組みが大切ではないでしょうか。
ましてや、地域社会に貢献することを目的と標榜する
文化財団を所有する地方銀行の行為であればなおさら。

とにかく、残念です。
せめて今回のことを教訓として、まちづくりと建物の存在価値について
住民が考える仕組みづくりが進展することを願うばかりです。

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これはまちなかガイドウォークの様子。
ツアーの必須立寄りポイントがひとつ、消えました。

21回目の「ふるさとウォッチングin安曇野」でした [ふるさとづくり応援団]

4月26日の日曜日。
雲ひとつない好天に恵まれた休日に、
21回目となる「ふるさとウォッチングin安曇野」が開催され、
大勢の参加者を迎えて無事に実施することができました。

今回会場となったコースは穂高の牧地区。
じつはこのツアー、昨秋の10月に開催予定だったものなのですが、
あいにく当日は大嵐にぶち当たってしまい、ウォッチング史上初の荒天中止。
身内ネタとして今回はそのリベンジマッチという位置づけでもあったのですが、、、
まあ、それ故かどうかはわかりませんが、とにかく天気が良くて何よりでした。

牧地区はかつての勅旨牧(朝廷の命により運営管理されていた牧場)のひとつで、
安曇野のなかでも古くから人が住み着いていた歴史を持つ集落です。
それ以前にも古墳群が見られたりもしましたし、
今回コースでは訪れませんでしたが、信濃高野の異名を持つ満願寺が開山され、
十返舎一九が同地を訪れて続膝栗毛の一遍をしたためるなど、
さまざまな歴史の魅力が潜んでいるエリアです。

とはいえ、同じ安曇野に暮らす住民の多くにとっては
知っているようでほとんどその様子を知る由のないのが他所の集落事情。
今回の参加したゲストの多くは安曇野市民でしたが、
ガイドウォーキングを通じて多くの新鮮な感覚を得た様子でした。

次回ふるさとウォッチングは10月開催予定。
今回は山麓の集落ということでコースの高低差がけっこうあって
ゲストも過去開催に比べて疲労感は大きかったようなので、
次回はフラットな(=高低差の少ない)土地を会場にしたいと思います。

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有明山神社総代と高齢者不足問題(?) [地域のこと]

我が家のあるのは安曇野市の北部に位置する穂高有明地区。
その有明地区全体が奉じている神社として有明山神社があるのですが、
この4月より、同社の崇敬者総代なる大任を引き受けることになってしまいました。
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有明山神社は信濃冨士の異名を持つ有明山の山麓に宮を持ち、
山頂に本殿を祀っている、特殊な神社でもあります。
富士山のようなスタイルの有明山はアルプスの山脈から外れてはいますが、
旧有明村の人々にとって山といえばこの有明山が真っ先に思い描かれるだけある、
有明の民にとってかけがえのない山といえます。
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有明地区といってもそのエリアは広く、そのなかには
現在の安曇野市で住民自治組織の基本単位となっている区の数が合計9区。
その大半が江戸時代に存在した村がベースとして成立していて、
それぞれの区(集落)にはそれぞれの産土神(氏神)がいるわけですが、
故に神社で一般に言われる氏子や氏子総代なるものは
とうぜんそれぞれの氏神の神社において使われる言葉になります。

ということで、そうした氏神の範疇とはまた違った位置づけになるのが有明山神社で、
同社では氏子とは異なる立場となる崇敬者そして崇敬者総代という呼称となっています。
まあ実際の中身は氏子や氏子総代のそれとなんら変わるところはないのですが、
幾つもの集落で持っている神社ということなので、その総代会は20数名にも及び、
そのなかから年番区を一年交代で持ち回りすることになっているわけです。
9つの区のうち、小規模で年番を受け入れられない区を除いた8区で年番制を敷くので、
つまり8年ごとに年番を引き受けることになります。

本来氏子でも崇敬者でも、総代などというのは名誉職的な意味も強いですし、
大体その村の長老格かそれに準じる年長者が務めるものと相場が決まっているはずですが、
なぜか我が区では若干40代半ばの自分にその役割が回ってきてしまいました。
区から選出する総代は各区とも3名ずつ。
その総代を選ぶシステムは各区により異なるでしょうが、
ウチの区の場合はさらに5つに分かれた常会のなかから3つの常会が
順番に代表として1名を選出し3名を送り出すことになっています。

そこで問題なのが、通常なら区のベテラン住人が選ばれるのが順当なところが、
ウチの常会は他所から移り住んだ新興の分譲宅地となっていることもあり、
区の中では平均年齢が極端に若いエリアとなってしまっていること。
(若いと言っても30代半ば~50歳前後というところが主体だと思いますが。)
高齢者の多い田舎では若手の後継者不足などと言われることが多いですが、
ここでは若手が多くて高齢者不足というおかしな課題を抱えているわけです。

なので40代半ばという年齢の自分は区のなかでは平均より若手だとは思うのですが、
常会の中ではけっしてそういうわけでもないということになります。
でもって、今年の新総代選出にあたって、とくに年齢重視だったわけではないとはいえ、
いわゆる総代に相応しい60歳以上のベテラン組の適任者が見当たらず、
数少ない長老クラスはすでに過去の総代その他でキャリアを全うしている人ばかりで、
ほとんど消去法的というか、なすすべなくというか、やむをえない状況で
このような若輩者に総代のお鉢が回ってきたという次第でございまして(--;

ハッキリ言って大変なのは承知していますけれどもね。
ひとつの村でもっている氏神とはまた異なるところもややこしそうな印象もありましたし。
周囲に頭下げられて頼まれては嫌々と首を横に振り続けることも出来ず。
「困ったときはいろいろサポートするで、まあ頼むわ」などと言われて、しぶしぶ。
まあ、神社のことに関わるのは狛犬研究を進めるうえでも貴重な体験ですし、
裕明門や神楽殿絵馬など文化財と身近に触れあえるのも楽しみのひとつで、
時間的制約がきついと思う以外はけっこう楽しみなところがあるのも事実。
この先いろいろ難題も出てくるでしょうけど、こちらから立候補したわけでもなく
常会の仲間であり区から頼まれて務めるお役目というかたちですので、
何か在る時には周りの人にも大いに活躍してもらおうと考えて
持ち前のお気楽加減を存分に発揮(していいのか?)で楽しんでやってゆこうと思います。

神社の運営というのは滅多に経験できないことなので、外に向かって発信できることは
折に触れてこのブログでも採り上げてゆければと。どうぞお楽しみに(?)
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ちなみに任期は4年です。
ながっ・・・。

先週末は東京で安曇野暮らしセミナーでした [ふるさとづくり応援団]

先週末の話ですが。
安曇野暮らしセミナーが開催され、安曇野ふるさとづくり応援団として参加して来ました。

年に3回ほど東京と大阪にて開催している同企画は安曇野暮らしを検討している
都会の人向けの安曇野市主催の安曇野紹介セミナーなわけですが、
毎回多くの参加者を迎えて開催されています。
とくに近年は年輩の方だけでなく若い世代の参加も多くみられ、
幅広い年齢層での安曇野というエリアの人気をうかがい知ることが出来ます。

ちなみに会場は有楽町の東京交通会館にあるNPO法人ふるさと回帰支援センター。
近所の銀座に昨年長野県のアンテナショップ「銀座NAGANO」が出来ましたが、
そちらはセミナー会場としては手狭なため、今回40数名で多いときは60名を超える
来場者を迎える安曇野のセミナーには対応できないということで、
安曇野市では従来どおりこちらの会場を使用させてもらうことになっています。

で、移住という話。
移住という言葉は少し重い印象があるので自分は好んで使わないようにしているのですが、
実際に身寄りのない見知らぬ土地に移り住もうというのは
やはり一般的には心配であり不安なことが多いようで、
一般的事項の講座タイムのあとに実施する個別相談会では
会場の制限時間ギリギリまで多くの方と安曇野関係者との
話し合いが続けられていました。
相談会まで残られる皆さんはホントに熱心ですね。

ただ、いろいろ話し合いができて情報を得ることができても、
所詮は耳で聞きかじった程度の上っ面の話です。
実際のところはどうしても暮らしてみないと分からないことのほうが多いでしょう。
いや、暮らしてみても分からないことなんかたくさんありますから。

まあせめてもの、というわけではないですが、
東京で安曇野暮らしの取っ掛かりとして開催したセミナーの内容に肉付けする意味で、
今月末には安曇野暮らし体験ツアーなる企画を安曇野市主催で開催することになりました。

安曇野市HP内:安曇野暮らし体験ツアー(別ウィンドウでPDFが開きます。)

3月29日(日)開催。
現地集合現地解散の日帰りツアーということで、
年度末ということも加わりいささかバタバタ感が無きにしも非ずではあるのですが、
今回は安曇野市行政も初めての現地ツアー開催ということで、
来年度以降にブラッシュアップして中身の濃いツアーを企画できればいいかなと。

現地に移り住んだ人の話や生活シーンを覗き見る感じで、
普通の観光ツアーとはちょっと目線を変えた安曇野ツアーになればと願っています。
自分もスタッフとして参加予定なので、また成果のほどは改めて。

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注連縄作り [地域のこと]

この週末、注連縄作りにいそしんでおりました。

注連縄作りというと、ふつうは年末の風物詩のような印象もあるのですが、
神社の例大祭前に境内の注連縄を新調するという場合もあるわけで、
この土日をかけて行ったのはまさにそれということで、
有明山神社の4月に控える例大祭にむけての作業でした。

安曇野市の、大字が穂高有明とされる地域はかつての有明村だったところ。
この有明村は明治期に誕生した村ですが、
それまでは地域にいくつもの小さな村が存在していました。
それが現在安曇野氏に存在する区(集落単位の自治組織)の原型で、
有明山神社はこうした有明村だった地域にある複数の区によって
運営されている神社ということになっています。

各集落ごとには鎮守の森があり、産土神が存在するわけですが、
有明山神社はそれとは別に有明の住人全体にとっての神様ということになります。
神社に関する詳細はまたおいおい取り上げるとしますが、新年度から自分が
この有明山神社の崇敬者総代を勤めることになり、その次の年度で
自分たちの区が祭りの年番を担当することになっているため、
今年の年番区である豊里区にお邪魔して作業を手伝いかたがた
見学させてもらったという次第です。

注連縄作りそのものがまったく初体験だったことからとても新鮮な光景でしたが、
神社の鳥居や拝殿などにしめられる注連縄は相応の大きさなため、
使用される藁の量もけっこうなものです。
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初日は数ヶ月寝かせておいた藁を足踏み脱穀機にかけて少量ずつに束ね、
水に浸して一晩そのままに。

2日目は大勢の人が参加して本格的に注連縄とゴボウ作り。
けっこう力の要る作業で大変です。
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晴れていれば屋外の広々とした場所でできるのですが、
この日は雨模様のため公民館の広間にて。
自分も少し作業を体験させてもらいましたが、理屈はさほど難しくないとはいえ
きれいに仕上げようとするとなかなか簡単には行かないですね。

この日曜日には自分の区の総会もあったりとか、新総代としてバタバタした週末でした。
4月から本格的に総代の仕事が始まります。
有明山神社に限らずここ数年は各地の神社と付き合いが濃くなっているので
こうした仕事自体は割りと楽しんでやれているつもりなのですが、
総代という立場で行事を仕切るのは正直言うとちょっとばかし苦手。
まあ、なるようにしかならないので、やりきるしかないですけどね。

有明山神社についてはそういうわけで、今後もしばしネタに登場することになると思います。
たいして中身のない話ばかりかと思いますが。

里山の庵で会議 [マチヅクリ]

今日の午前中は「歩いて楽しいまちづくりプロジェクト」のミーティング。
いつもは役場の会議室だったり公民館で行われたりするのですが、
今日は趣向を変えて明科潮沢地区の東平庵にて。
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東平庵は旧篠ノ井線廃線敷き遊歩道コースの途中にあり、
ハイキングや散策で訪れるハイカーや観光客の休憩スポットとして、
また予約すれば手打ちうどんや灰焼きおやきの食事が取れる
憩いの場として愛されている場所。

同プロジェクトは現在、潮沢地区をモデルエリアに位置づけて、
地区住民の方と市民団体と市行政とが一体となって
地域を盛り立てて元気に楽しいまちにして行こうと計画しているところ。
そんなこんなで今回は新年度の計画立案などの打ち合わせで
東平庵を借り切って会議したわけですが、
会議の中身よりその後のランチタイムのほうが印象強くてw

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ここの手打ちうどんはとうじそばのように、具だくさんのお汁のなかに
茹で上がったうどんをとうじかごに入れ、温めて食すやり方で頂きます。
これがホントにあったまって美味しいのなんの。

灰焼きおやきのほうはかなりボリュームのある大きさ。
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分厚い生地はそこらのお土産屋さんで売ってるような軟いものではないので、
食べ応えがあって昔ながらの味わいを楽しめます。

廃線敷きハイキングはシーズンオフ状態なので
今日は特別に店を開けてもらったような感じですが、
のどかな里山の庵で田舎の素朴な味を楽しめる場所は
地域づくりの拠点としてもとても大切な場所ですね。

今日の廃線敷きコースの様子はこんな感じ。
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終日おひさまの当たりにくい場所は20センチくらい雪が固まった状態ですが、
日当たりのよい場所に出るとほとんど雪も溶けてしまっています。
漆久保トンネルあたりは日当たりのよさもありますが、
冬場の間伐作業もかなり進んだみたいで、けっこう明るく感じました。
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歩いて楽しいまちづくりプロジェクト、
今日の会議では廃線敷き沿いのけやきの森を中心にした
いくつかの企画を立てていろいろ仕掛けていく事になりました。
詳細はまた追々報告お知らせをできればと思います。

(もう先週のことだけど)常会の新年会でした [地域のこと]

すでに先週の話となってしまいましたが。。。

我が家のある集落の常会新年会が行われまして、自分も参加。
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宴会の前には毎年のように総会のような形で集会が行われるのですが、
そこで次年度の常会役員や区から割り当てられた役の担当を決めたりしていまして。

常会長など一部の役員は毎年持ち回りで順序がほぼ確定している感じなので
とくに会議の席上で揉めることもなくスムーズでいいのですが、
なかには誰も引き受け手のない、なかなか決まらない役割もあったりするわけで。

なかでもけっこう難しいのは神社の総代。
我が地区の関わる神社はふたつあり、ひとつが村の産土神としての北野神社、
そしてもうひとつ大きな、いくつかの集落でもっている有明山神社で、
北野神社は氏子総代、有明山神社は崇敬会総代を出すことになっています。
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(上の画像、右奥の山が有明山。神社はその山麓にあり、本殿は山頂に鎮座しています。)

総代は区として代表数名が選出される任期が複数年の役職なのですが、
こういうものはだいたい集落の年長者から選ばれることがお約束のようなところがあります。
ところがうちの常会は区の中でも近年分譲開発された新規加入世帯がほとんどのため、
世帯主の年齢も30~40代が多く、区内ではもっとも平均年齢の低いであろう常会になっており、
自然と神社総代関係の選出には毎回誰がなるかで苦労しているところがあります。

今年は有明山神社が4年に一度の総代交代の年。
前回までは常会内で数少ない年長の皆さんに引き受けてもらっていたのですが、
今年はなかなか年の順というかたちでは決まらず、
若手(といっても40代も若手ですが)でも手を上げる人はなく、
紆余曲折の挙句、なんとまあ今回は自分が任についてしまいました。

有明山神社は通常の産土神社とはちょっと立ち位置の異なる神社で、
通常の神社で氏子とされる立場がない代わりに崇敬会がその役を担っており、
自分も文化財調査関係であれこれと調べたりしたこともあったのですが、
なんとなくややこしそうな印象が強い神社であったと感じています。

とりあえず他の常会の選出総代は年長のベテランさんばかりなので
自分のような若造(と自分では思っている)は、端っこでおとなしくしていようと思っとります。
たぶん年度末ころには引継ぎやらなにやらで最初の集まりがあることでしょう。
はてさて、どうなりますことやら。

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(有明山神社、いまは雪のなか。。。)


ちまちま降る雪と雪かき [日常風景]

よくよく考えたらこちらのブログは新年になってまだ更新していなかった(アセ)

もはや今更ですが、、、あけましておめでとうございます。
いつ更新するやら分からんぐだぐだブログですが、本年もどうぞよろしくm(__)m

年明け以降、わりと雪の降る日の多い安曇野です。
毎回の降雪量はさほどではないのですが、
それでも数日前は我が家の周辺で10cmちょっと。
昨日の昼間も同じくらいの降雪。
その合間にも辺りが一面雪化粧となる程度のうっすら積雪の日があったり。
気温も比較的寒い日が多い印象なので、田んぼの雪もなかなか溶けません。

たいした量ではないのでまだ必死になって雪かきするほどではないのですが、
それでも10cmほどになるときは頃合いを見計らって作業に出ることになります。
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数日前に降った雪はけっこうサラサラと乾燥した雪だったのでよかったのですが、
昨日のは典型的なカミ雪(湿った重い雪)で、それが気温の下がる夜を過ごすと
明くる朝はもガチガチのバリバリになって雪かきどころではなくなり、
車もスリップを起こしやすくなるので大変です。

集落としては奥まった場所にある我が家ですが、
それでも家の前はご近所の皆さんを主に車がときおり通行します。

でもって雪かき前に何台かの車が通行するとそこが圧雪されて
雪かきしたあとでもその痕がご覧の通り。
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まあそれでも昼間にお日様が指して気温がプラスになれば
すぐに溶けてあとかたもなくなるのが普通なのですが、
我が家は2面道路ですが正面側は終日お向かいの家の日影になってしまうため、
ほとんど溶ける事がないのですよね。
南面道路で建物には日が当たってポカポカなのは土地をここに求めた時から
想定していたことなのでありがたいことではあるのですが、
道路の雪の溶け具合までは当時は計算に入れてなかったです。

安曇野は積雪があっても一日よく晴れた日があると
アスファルトの上の雪はたいてい消えてくれるので助かります。
が、日中日影となる場所もこのように少なくないため
乾燥した道路を走っていていきなりアイスバーンに突っ込んで
車を滑らせてヒヤリとする場面にも遭遇したりします。

たまに滑って田んぼに突っ込んでしまっている車を見かけたりもしますが、
安曇野の住人ですらそんなあんばいですからね。
これから安曇野暮らしを検討される方などはじゅうぶんお気をつけて。
雪かきと雪道走行の良し悪しが冬の安曇野暮らしの肝ですから。

ということで、新年一発目のネタなのにいきなりぐだぐだネタですみません。
今週末は地区の新年会もあるので、そのネタでも書けるかなと思っています。
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安曇野暮らしセミナーin大阪2014 [ふるさとづくり応援団]

先週末(12月13日)の話。

大阪にて安曇野暮らしセミナーが開催され、
安曇野ふるさとづくり応援団のメンバーとして自分も同行、参加して来ました。
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2009年より東京と大阪にて年数回開催している、
安曇野への移住希望者などを対象とした安曇野紹介イベント。
昨年よりふるさとづくり応援団から主管が安曇野市へと変わり、
自分たちは市に協力する形で毎回参加している感じで継続中。

毎年、大阪では30名ほどを定員としているのですが、
今年は事前にその定員がいっぱいになってしまうほどの盛況ぶりで、
当日になっても参加したいという問い合わせがあったりしたそうです。
観光では苦戦を強いられている感のある安曇野ですが、
生活拠点としての安曇野は、少なくとも都市生活者の視点からは
はますますその魅力が増しているというのが実感です。
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安曇野市、ふるさとづくり応援団、宅建協会からの
安曇野に関連するレクチャーのあとは個別相談会。
大阪でも東京でも毎回感じることですが、個別相談を希望する方はみな熱心で、
具体性のあるなしはともかく、とにかく安曇野が好きでなんとか移住を実現したいとか、
安曇野をしっかりと第一候補にしている方ばかりという印象です。
少なくとも個別相談の方は数ある全国各地の移住候補地のなかから何となく安曇野も
選択肢のひとつとして考えているという、ゆるい感じの人はほとんど見受けません。
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安曇野は所謂田舎暮らしが近年ブームのように取り上げられるよりずいぶん前から、
大都市圏をはじめとする県外出身の移住生活者が多い地域でした。
ゆえに、他の地域よりも県外者が溶け込みやすい環境が存在すると言えなくもないです。
ただし、どんな場所でもそうであるように当然ながら安曇野にも長所と短所はあります。
また移住希望者の安曇野との馴れ初めはたいていの方にとって観光であるかと思うのですが、
実生活をここで送るには観光的目線から生活者の目線に変える必要があります。
そうした移住希望者の視点を変えられるためのサポートの役割を
自分たちのような立場の者が出来ればいいと思い、毎回セミナーに参加している次第。

安曇野のすべてをひっくるめて、それでも安曇野が好きで生活したいと感じてもらい、
そして本当に安曇野暮らしが実現できれば、素敵なことだなと思います。

次回は来年3月中旬に東京にて開催予定。
そしてその前の2月には冬の安曇野生活体験ツアーを
安曇野市では計画中です。
詳細はおって市から発表されると思います。
関心のある方はぜひ参加検討してみてください。


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