So-net無料ブログ作成
検索選択
旅の記憶 ブログトップ

ひさびさの高山訪問で [旅の記憶]

所用で久しぶりに高山へ。

午前のうちに用事をとっとと済ませ、
昼食を取ったあとで帰路につくまでのしばしの時間、まちなかをそぞろ歩き。
と、高山駅からさんまち方面へ伸びる道すがら、
目に留まって思わず立ち止まってしまった一軒のお店。

富士屋花筏1.JPG

『富士屋 花筏』
和菓子のお店ですな。

店の人の話によれば築80年以上は過ぎているとのことで、
移築などではなく空き家となっていた古民家をこの場で再生改修、
以後営業を続けておられるのだそう。

富士屋花筏2.JPG

店内はいわゆるひとつの和モダンといった雰囲気ですが、
なによりテラス席を併せ持つ前庭の様子が秀逸で。

富士屋花筏3.JPG

建物高さにマッチした松が庭の両サイドに配されて、
その合間に程よい背丈の植栽が密でもなく閑でもなく。
(さすがに松は再生改修前からあったんだろうなぁ。。。)

富士屋花筏4.JPG

角地という立地条件が駐車場配置にもうまく嵌っている様子で、
僅かな空間の玄関アプローチも石畳と季節柄色づいた木々のすがたが
なんともいえず、楽しくも心の和む空気を醸し出しています。

高山市で毎年実施されている景観デザイン賞にて
「緑のある修景の部」の優秀賞を受賞されたらしく。
いや、納得です。

高山市街地の古民家といえばさんまちに代表される町屋造りのイメージが強いですが、
それだけにこうした前庭を持つ建物がとても新鮮に感じられて。
軒先(または建物の壁面線)が揃ったまちなかにあっては前庭=壁面線の後退は
下手を打つとかえって周辺景観のバランスを崩しかねないわけだけれども、
ここでは建物が以前からそこに存在した民家であったとはいえ、
修景によって創出された緑のある風景が中層のビルが建ち並ぶ通りにあって
公と私の繋がりを巧みに作り上げているという印象を受けました。
デザインを担当された建築家(もしくは造園家)の技量、ですね。
いい勉強になりました。

ちなみに肝心の和菓子のほうですが…
今回は時間に余裕がなくてお店でまったり過ごすのは断念。
それは次回訪問時にまわして今回はお土産に栗きんつばを購入。
美味しかったです。

昼下がりの新潟散歩(数ヶ月前のことですが……) [旅の記憶]

(1)新潟散歩.JPG
以前からアップしようと思って今頃になってしまったのですが…
今年の2月末に新潟まで行く機会があり、合い間に街中散歩をしました。
楽しい街歩きだったので、そのままにしておくのも惜しいと思い、
今更ながらアップします。

(2)遠望.JPG
ご承知の通り、ハッキリ言って新潟は安曇野などとは比較にならない大きな街。
この時歩くことが出来たのはそのごく一部で、
エリアで言うと……まあ、だいたい写真の位置くらい。(笑)

(3)砂丘館.JPG
砂丘館
旧日銀新潟支店長の役宅を現在は新潟市が買い取り、指定管理者のもとで
ギャラリーレンタルスペースとして活用されているのだそう。
ちなみに一般見学者の入館は無料。なかでは展示室にもなっている
応接スペースでコーヒー(こちらは有料)を頂戴できます。
建物自体は昭和8年建築で、その当時の建築思想の影響や
役宅としての特徴がそこはかとなく表れている感じ。
よく保存されている、いい建物です。

(4)砂丘館の斜め向かい.JPG
砂丘館と道路を挟んだ斜め向かいにあるビル。
外壁の色相といい、砂丘館の落ち着いた佇まいとは対照的。
新潟市にも景観計画がありますが、色彩面の行為制限に照らせば
この色合いは基準外なのではと思われますが、
きっと計画が施行される以前からの外壁色なのでしょう。(と勝手に推測)

(5)どっぺり坂.JPG
砂丘館のネーミングでも分かるように、この辺は海岸に近い砂丘で、
都心に比べて小高い丘のような地形になっていました。
坂道だけでなく階段も街中に散見されたのですが、写真はその代表格の“どっぺり坂”。
階段を上りきった丘の上にあった旧制新潟高校の寮生たちがここから街へ繰り出し、
遊び過ぎて落第せぬよう戒める為に名付けられたのだとか。
そう、どっぺりはドイツ語のドッペル=二重から来ているというわけで。
階段の段数が59段というのも遊び心(?)があってとてもユニーク。
冒頭の写真はどっぺり坂の上から街を見下ろしたものですが、
ちょうど正面に新潟の新しいシンボル(?)NEXT21が見えています。
まさに街の中心地へと続く道の起点。かつての学生さんたちはここから
新潟の街並みを見つめてなにを考えていたのでしょうね。

(6)錨の支柱.JPG
どっぺり坂の手摺の支柱。錨のデザインが愛らしい。
いかにも港町らしくって、それでいてさり気ない雰囲気がいい感じです。

(7)招魂坂(ワルツ坂).JPG
こちらの階段は招魂坂(ワルツ坂)と呼ばれている坂道。
上りきった先には新潟大学医学部があります。
ここもどっぺり坂の寮生と同様、医学生が昔から歩き通う坂だったのかな。

(8)新津記念館1.JPG
(9)新津記念館2.JPG
新津記念館。洋館は昭和13年、建築。
石油王・新津恒吉が外国人向けに建てた迎賓館だそうで。
立派な門構えに漆喰の土塀、それに土蔵。
そんな和の佇まいと洋館が違和感無く溶け込んでいますね。
惜しむらくは冬季休館中で内部見学できなかったこと。
公式HP見て我慢しました。(笑)

(10).JPG
(11).JPG
(12).JPG
新津記念館も含め、この界隈は大小様々な洋風近代建築が目に付きます。
やはり早くから外国に門戸を広げた港町としての名残りなのでしょうか。
写真、真ん中の建物は旧副知事公舎で、大正12年の建築。
現在はレストランとして活用されているそうです。
3枚目の写真、賑やかな色使いの建物は建築年が不明の洋館。
ネットで調べたところ明治中期というくだりを見かけました。
昔は写真館だったそうですが。。。

(13)カトリック教会.JPG
新潟カトリック教会。昭和2年、建築。
尖塔が美しいですね。方角によっては近隣の低層住宅の屋根越しに
この尖塔が見え、ある意味周囲の景観から突出した存在なのですが、
建物の性格ゆえか違和感を覚えません。

(14)行形亭.JPG
“行形亭”と書いて“いきなりや”と読む…らしいです。
新潟で最も格式の高い料亭のひとつだろうとは、想像するに難くなく。
建物はあいにく写っていませんが、国の登録有形文化財指定。
で、気になるのは写真の背後にそびえ立つマンションとのバランス。
まあ、なんといいますか……、21世紀の日本の都心に生きる料亭は
こうした背景も背負って歩んでゆかねばならない運命なのでしょうか。

(15)妻有.JPG
背負うといえばこちらも負けていない(?)。
というより、両サイドのビルに抱きかかえられて佇んでいるといったふう。
看板からして料理屋さんのようですが、建ち並びがミスマッチな景観になっていて
ちょっと残念。


さてさて、こんな感じで春一歩手前という時期の新潟を散策し、
掲載した場所以外にもけっこう歩き回ったわけでしたが、
2時間ちょっとの散歩で回るには、気になる建築や小路がたくさんありすぎて、
すべてをゆっくり見て回れなかったのがいたく残念。
新潟なんてめったに出かける機会もないけれど、いつか再訪のチャンスがあれば
時間をかけてじっくりと探訪してみたいと思わせる街でしたね。

安曇野の景観の場合、ともすると田園環境にばかり目が向けられがちだけれど、
穂高や豊科の市街地など、とくに路地と古い建物の活かし方とか、色使いや建物の形状等々。
案外勉強になる面も多くて、そういう意味でも有意義な散歩だったかも。

(16).JPG
どっぺり坂近くの通り沿いにある建物のファサード。
砂丘館などの落ち着いた風格ある建物と、
先の旧写真館のような鮮やかな色合いの建物が自然に混在する、
不思議な空間でもありました。
旅の記憶 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。