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丸柱の火の見櫓@松本市大村 [火の見櫓]

松本市大村の火の見櫓。
2012.08.04.1.JPG
タワー型の場合、柱などに使用される鋼材はL型が多い印象ですが、
これは珍しく丸型。
2012.08.04.4.JPG
2012.08.04.3.JPG
ブレースのターンバックルが標準的なリング式でないのも珍しい。

背丈はさほどではない、こじんまりしたタイプで、
細い路地が迷路のように入り組む地域のなかで
ひっそりと、という感じでたたずんでいます。
2012.08.04.2.JPG
頭頂部に避雷針があるのは分かるとして、
それに付属している丸いものはなに?
まさか擬宝珠??
思わず爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で」を思い出しました。
2012.08.04.5.JPG
地域の子供たちが悪さをして櫓によじ登った過去があるのでしょうね、きっと。
分団名以外すべてひらがなで書かれているところが、
対象年齢を想像させてほほえましいというか、なんというか。
子供でなくても登ってみたい衝動に駆られますけどね。
・・・それはヤグラーだけか。


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常念岳が背景なら午前中がベター@堀金扇町の火の見櫓 [火の見櫓]

安曇野市堀金、扇町の火の見櫓。
2012.08.03.2.JPG
スタンダードな三脚柱タイプのタワー型。
なにより扇町といえば常念岳の容姿が美しいと評判(なのか?)の地区で、
ならば常念岳を背景にした写真にせねばなるまい、と思いまして。

で、ずいぶんまえに一度行ったのだけれど、
ちょうど晴れた日の午後遅めの時間帯で、
肝心の火の見櫓が逆光になったりしてうまく撮影できず。
今週に入ってアルプスがクリアに見える早朝が続いたチャンスを生かして
再訪してきた次第。
2012.08.03.1.JPG
朝一番で撮影したので光の向きは問題なし。
けど、なぜか微妙に手ブレが???_| ̄|o

櫓そのもののスタイルは足元が広くて絞り具合も頃合い、
一見すると全体にバランスが悪くないと思うけれど、
ちょっと直線的すぎて美しいデザインかと聞かれると、
うーん・・・どうなんでしょう?

ちなみに以下の2枚は最初に訪問した際に別角度から撮影したもの。
2012.08.03.7.JPG
2012.08.03.8.JPG
見る角度によって、きれいな三角錐のようになっても見えるし、
二等辺三角形のような姿にも感じたり。
三脚柱のタワーはバランスが難しいですかね。

火の見櫓の足元にも石仏石碑がありますが、
やはり扇町といえばこちら。
2012.08.03.4.JPG
2012.08.03.5.JPG
彫り込みが珍しい扇型で、
その下に「町中」と続けてある。
なかなかに洒落っ気のある彫り方だと思われ。
2012.08.03.6.JPG


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千国街道に立つ火の見櫓@小谷村大網 [火の見櫓]

今年になってから仕事の用で幾度か小谷村の大網を訪れています。
千国街道の糸魚川から数えて3番目の宿場がこの大網。
2012.08.01.4.JPG
現在の糸魚川と信州を結ぶ国道158号は姫川沿いを走っていますが、
昔の街道は川べりからかなり上がった場所を通過していたのですね。
2012.08.01.6.JPG
名峰、雨飾山に見守られるようにして佇む大網の集落は、
姫川温泉などのある姫川沿いから一段も二段も上がった高地に拓けた、
日本昔話に登場しそうな静かな山里です。

で、村の中心にある鎮守の神様の境内に立つ、火の見櫓。
2012.08.01.1.JPG
規模は小さめで、けっこう錆も入っていますが
なんとなく味わいがあります。
こういう山里はこれくらいの大きさのものが似合いますね。
2012.08.01.2.JPG
2012.08.01.3.JPG
屋根は避雷針などなく、雪対策だと思いますがけっこう尖っていますね。
やはりこういう部分は地域性が現れます。

小谷村は全国有数の豪雪地帯。
なかでも大網は半端でない雪の量を誇って(?)います。
2012.08.01.5.JPG
この写真は同じ火の見櫓を今年の2月に撮影したもの。
今回撮影した上の写真と見比べると、積雪のすごさが分かろうというもの。
あとちょっとでハシゴを使わなくても見張り台に登れそうな感じですが、
やはりこれはスリーシーズン用の火の見櫓、って印象が強いです。
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小学校に立つ火の見櫓・・・の、見張り台 [火の見櫓]

松本市の西、山形村。
村の中心にある山形小学校の敷地内に、
火の見櫓の“一部”が静かに立ってます。
2012.07.27.2.JPG
以前に透明タペストリーに紹介されていたもので、
U1さんと先日会って話をした際にも話題になって
機会があれば訪問したいと思っていたところ、
仕事の流れで近くまで行くチャンスがあったので
少し(かなり?)寄り道して行って来た次第。
2012.07.27.3.JPG
普通、見張り台をこの角度と距離で目にすることなどできないので、
これはある意味すごく貴重な体験。
意外と大きいな、というのが実感ですね。

詳しいことはわかりませんが、
きっと地元で使用されていた火の見櫓で、
解体された折に記念として頭頂部のみ残した、
そんなところでしょう。

学校の校門を入ってすぐの場所にありますが、
外からは木立に隠れて発見しづらい、目立たないところにあります。
2012.07.27.1.JPG
2012.07.27.5.JPG
はしごも付属したままなので上ろうと思えば
見張り台に立つことも可能なようで、
上りたい衝動に駆られてしまいましたが
さすがに無許可でそこまですることは躊躇われて。
子供たちはジャングルジムよろしくこれで遊んだりしているのでしょうかね。
2012.07.27.4.JPG
現在、山形村の火の見櫓は解体の嵐に巻き込まれています。
詳しくはU1さんの記事にありますが、寂しくもあり、残念な限りです。
この小学校に残る火の見櫓も、残されたことは評価したいですが、
やはりその姿はどことなく寂しげな感じにも見えました。

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バス停になった火の見櫓 [火の見櫓]

池田町内鎌の火の見櫓。

消防団詰所とのセットは定番ですが、
防災無線アンテナとスピーカーを火の見櫓に
セットしなかったのはプラスの点数。
隣に立つアンテナ&スピーカー塔とツインタワーですね。
2012.07.07.1.JPG
ハシゴが踊り場までは外付けで、そこから見張り台まで内側。
踊り場と見張り台が揃って6角形というスタイルは、たぶん少数派。
でも池田町では6角形の見張り台は、逆に多数派のような気が。

半鐘はがっつりしたものがまだしっかり吊るされていますね。
2012.07.07.2.JPG

火の見櫓は地域のシンボルタワー。
集落の中心地で、さまざまな機能を持つ
ステーション的な場所にある場合も多くて。

例えばこの内鎌。
火の見櫓の近所には公民館があり、
地域の人向けの図書館あり、
その傍らには地蔵堂もあり。
そして、バス停。
2012.07.07.4.JPG
まあシンボルタワーということで、
いちばん説明がつきやすいでしょうしね。

で、ここでもうひとつ注目なのは櫓の足元。
2012.07.07.3.JPG
以前、長野市で見かけた火の見櫓と同じように
足元を石柱で固定しているタイプで、
こちらはそれに加えてコンクリートで固められていますが、
石柱には「大正」の文字が読み取れます。
2012.07.07.5.JPG
しかし、よりにもよってこの石柱だけ
他の2本と違ってコンクリートで大きく根巻きされていて、
詳しい年月の読み取れないのが残念。

鉄塔部分は戦後の再建なのか、
それとも大正期からこのままなのか。
地元民に確認取れなかったのでなんともいえませんが、
まあ普通に考えれば前者でしょうね。

戦時の金属供出でいったんなくなった櫓を、戦後新たに立て直して
石柱だけはもとからあったものを使い続けたと考えるか、
あるいは先代は木造火の見櫓で、後年にこの鉄塔になったと考えるべきか。。。

池田町の火の見櫓には足元のデザインがこれと似たトラスの型がありますね。

その他は・・・あれこれと情報求む・・・。


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小祠とツーショットの火の見櫓 [火の見櫓]

松本市梓川の大宮熱田神社から程近い場所に立つ火の見櫓。
上の原北部地区集落センターの敷地内にあります。
2012.06.28.1.JPG(2012.06.27撮影。以下同じ)
左の祠とバランスをとっているかのごとく、控えめな高さ。

このテの高さの櫓は安曇野南部から梓川、安曇、奈川
といったエリアでけっこうみかけます。
まったく瓜二つなものもあれば、
似ているんだけれどびみょーに違うとか、いろいろ。
いづれにしても立地が異なるから見え方も変わって面白いものです。
2012.06.28.2.JPG
2012.06.28.3.JPG
塗装も近年施し直したのか、比較的しっかりしていますね。
半鐘の脇に木槌とゴム槌(?)がふたつも。
消防信号表示板が半鐘の位置にあるということを含め
かなり気合の入った印象。
いまでも半鐘が日常的に使われているのか、気になるところです。

気になるといえば、迂闊にも祠の神様がどなたなのか
チェックを忘れてしまいました。
近所を通ったら再訪したいと思います。


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半鐘がやたらと長い火の見櫓@安曇野市下鳥羽 [火の見櫓]

松本まで仕事で出かけた帰り道、
以前から立ち寄りたくて、でもなかなか時間の取れなかった
安曇野南部にある下鳥羽大同神社に少し寄り道しようと147号を走っていると、
ふいに脳内の火の見櫓センサーが働き、寄り道の寄り道。。。

2012.06.15.1.JPG
2012.06.15.2.JPG

これがセンサーに反応したものですが、
誰がどう見ても火の見ではなくホース干し塔。
下鳥羽神社と国道を挟んだ東側へ入った農道沿いに存在。
消防団詰所があるので、もしかしたら老朽化した火の見櫓を壊して
ホース干しを建て直したのかなとも思ったのですが、
ここから少し歩いた先にちゃんとこの集落の火の見櫓はありました。
ちなみにここの消防団は安曇野市第一分団第一部。
だからなんだといわれても、まあそれだけのことですが。。。

下鳥羽本郷地区。

2012.06.15.3.JPG
(2012年6月15日撮影。以下同じ)

集会所があったり、昔の地域で持っていた井戸(文化財指定)があったり、
かつては村の郷蔵があったりと、まさに村の中心地だったようです。
もちろん、道祖神もちゃんと鎮まってくださっています。

2012.06.15.4.JPG
2012.06.15.5.JPG
2012.06.15.6.JPG

で、火の見櫓。
銘板が残っていました。

2012.06.15.7.JPG
(高山造機は住所から察するに、梓橋近くの現:高山鉄工ではないかと。。。)

安曇野界隈の火の見櫓は銘板の残っているものが案外少ないので
そういう意味ではけっこう貴重な存在です。

2012.06.15.8.JPG
デザインはタワー型のなかでは背は低いほう。
踊り場の手すりがハシゴ部分で張り出したスタイルになっているものの、
頭頂部のデザインは避雷針も含めて比較的シンプルなのと、
防犯灯はあるももの防災無線のアンテナやスピーカーの類が存在せず、
足元もトラスが付け根まで伸びているので、全体のプロポーションは悪くないです。

2012.06.15.9.JPG

それより気になるのはやたらと長い半鐘。
2012.06.15.10.JPG
ここまで縦長の半鐘は自分はこれまで目にしたことはなかったように思います。
消火器か酸素ボンベでもぶら下げているくらいの印象でした。


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旧街道の枡形に聳え立つ火の見櫓@松本市上波田地区 [火の見櫓]

松本市波田、上波田地区。
旧野麦街道沿線に立つ火の見櫓。

2012.06.04.2.JPG

街道の枡形になっている地点にあり、消防団詰所の背後でさりげなく、
でも背が高いのでけっこう目立つ存在です。

2012.06.04.1.JPG

町なみ環境整備事業を活用して道路をはじめとする
生活環境が整備され、きれいな石畳の道路となりました。
道を進んだ先には、国重要文化財の田村堂や隣接地に波多神社があり、
街道と一体で付近の環境が整えられています。
(仁王の股くぐりで有名な仁王門とか、古刹の写真は一切撮り忘れました。。。)

で、火の見櫓ですが、けっこうな背の高さがあり、
全体のプロポーションも美しい立ち姿。

2012.06.04.3.JPG

一段目の横架材に最初の踊り場が設けられていますが、
工夫すれば隣接の詰所階段の2階踊り場側から直接行き来できそうな感じですね。
もっとも、日々半鐘を鳴らすということがなくなってしまっているご時世では、
さすがにそこまでする必要もないのでしょうけど。

2012.06.04.4.JPG

以前同じような踊り場のスタイルを持つ火の見櫓を見ましたが、それは3脚柱。
以前のブログ記事
今回のは4脚柱でかなり末広がりの足元なので
ハシゴの設置位置が正面でなければ車一台駐車できるほど。

半鐘は踊り場に一基。
打ち鳴らされることはもはやないのかもしれませんが、
古民家が軒を連ね、屋敷林が美しい景観を醸す伝統的町なみの守り神として
いつまでもここに在り続けて欲しいものです。


より大きな地図で 松本市上波田の火の見櫓 を表示

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リタイア後、再就職した火の見櫓@高山村 [火の見櫓]

老朽化を名目に撤去の憂き目にあう火の見櫓は数知れず。
そんな厳しい現代火の見櫓事情のなか、火の見の役目を引退した後、
再就職先を見つけて頑張っている櫓もなかにはあります。

2012.05.30.1.JPG
(撮影:2012年4月30日。以下すべて同じ)

上高井郡高山村にある火の見櫓。
再就職先は村の温泉施設。
塔の外周全体に板を張り巡らせ、温泉櫓に生まれ変わりました。

2012.05.30.2.JPG

高山村村営の温泉施設「蕨温泉ふれあいの湯」。
ネット上でも取り上げられている名の知れた火の見櫓のようですが、
いつ頃からこうなったのかは検索しても情報が乏しくて。
(温泉施設の誰かに確認するのを忘れてしまった。)

いちおう広告と案内標識の掲示に役立って(?)いるようです。
2012.05.30.4.JPG
2012.05.30.5.JPG
(こことあっち、ひじょーに分かりやすい案内ですwww)

本体の鉄骨の錆び具合もちょっと切ないですが、
張られた木の板の塗装が色褪せている様子から察すると、
再就職先してからでも相応の年月が経っているのでしょうか。
さすがに疲れた感が否めません。
2012.05.30.3.JPG

高山村は街道沿いを中心に
スタンダードな4脚型のタワーが数多く点在していました。
地域全体が傾斜地のため、場所によってはひとつの火の見櫓の位置から
隣の集落に立つ櫓が見通せたりします。
2012.05.30.6.JPG
半鐘の音が鳴り響くときには、
櫓同士でうまく連携できていたのではないでしょうか。

蕨温泉ふれあいの湯


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石柱で固定された火の見櫓@長野市小柴見 [火の見櫓]

久しぶりに北信方面にお出かけ。
で、当然ながら行く先々で火の見櫓を見かけるわけですが、
今回はこんな珍しいのを目にしました。
2012.05.01.1.JPG
長野市小柴見(だと思う)地区に立つ火の見櫓。
隣接の消防団詰所(器具置場)と共に老朽化が進んでいる、
ということを除けば、ごくありふれた立ち姿。
(いや、老朽化が進んでいるのもある意味ありふれた姿かも。。。)

北信のタワー型では比較的4本脚のほうが多い印象ですが、
これは3本脚タイプ。

で、なにが珍しいかというと、足元の様子なのですが。。。
2012.05.01.3.JPG
3本ある鉄骨の足元に寄り添うように立てられた石柱。
櫓の足がこの石柱にアンカーで固定されていまして。
2012.05.01.4.JPG
2012.05.01.6.JPG
鉄骨のほうの足元をみると、普通なら存在しない
地面レベルでの横軸の梁が3点を結んでいるのですが、
ぱっと見た感じだけだとタワーを地べたにドンと据えただけで
地面との固定は添わせた石柱に任せているようにも見えたり。
(櫓の足元は土のままで、花がきれいに植えられていました。)
2012.05.01.5.JPG
現況から察するに、すぐ傍らを水路が流れ、
東側には裾花川もあったりと地盤的に鉄骨埋設で始末をつけるには
問題がいろいろあったのではないかなと勝手に推測。
2012.05.01.2.JPG
石なら水気の多い場所でも大丈夫でしょ?
となったかどうかは知りませんが、なんとなくそんな印象、かな?
2012.05.01.7.JPG
石柱には「昭和十六年建設之」と記されています。
現存の火の見櫓としてはけっこう古い時代のものですね。
というか、戦時中の金属供出で解体されずに残ったのが不思議。
上記の碑文もなんだか続きの文字がありそうで、それも気になる。。。
どなたかこの火の見櫓の詳しいネタをお持ちでしたらぜひコメントを。


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